目黒区下目黒 ジャズダンスなら川西ダンススタジオ


川西ダンススタジオ 応援団

私達は川西清彦ダンススタジオを応援しています!【2012/10/22】

50音順・敬称略

麻実れい 女優【2012/10/22】

ダンスを愛する先生!笑いの絶えない楽しいお稽古場、老若男女が入り乱れ懸命に必死に汗をかき、あの終えた後の爽快さ、充実感!体験した者のみぞ知る快感。その様子を多くの方に知って頂きたいですね。今はなかなかお稽古場には伺えませんが… 。レッスンテープと同じ曲を耳にすると、お稽古場での空気感が蘇ります。そして懐かしくステップを踏んでしまいます。年を取られることを忘れてしまった先生、ますます話術に磨きがかかり、生徒さん共々楽しく過ごされていることでしょう!それでも、御身お大切に、お若くはないのですから・・・再び先生の振り付けを受けられることを、夢見ている私です。

石井一孝 ミュージカル俳優・シンガーソングライター【2012/10/22】

『苦いけど優しい毒』『優しいけど苦い夢』尊敬する川西先生から頂いた宝物であり、真実だ。先生の振り付けを受けた者は皆わかってくれると思う。僕らのダンスを見つめる先生の目はとても厳しい。かなりの毒舌だ(笑)でも瞳の奥に、湛えた優しさを隠せないのがまた先生なのだ。ショービジネスの世界の、酸いも甘いも知りつくした先生から、その道の険しさと楽しさを教えて頂いている。夢を持つ儚さと輝きの表と裏も… 。ダンスと言う『人生』を踊りながら、苦く優しく先生はいつも僕らに接してくれる。川西先生がいなかったら、少なくとも僕は役者を続けてこられなかったと思う。先生ありがとうございました。これからも『苦くやさしく』ご指導よろしくお願いします。

飯田宗孝 東京バレエ団芸術監督【2012/10/22】

川西先生との出会いは38年前、 17歳の時。先生の振付作品を見て驚き感動しました。それから度々先生の舞台に出演する機会をいただき、踊る喜びを教わりましたレッスンにも通い、いろいろなお話が聞けた事も楽しい時間でした。先生に東京バレエ団への入団を勧められ、バレエが私の一生の仕事となりました。先生は一生師匠です。今後もいろいろ教えてください。先生の才能、知識、そして毒舌に乾杯!ずっと応援しています。

石波義人 俳優・劇団四季【2012/10/22】

川西清彦讃歌
出会いは30年以上前の生の仕事。駆け出しの役者で、踊りは未経験の私に、着流しの博徒の格好で踊らせたのが川西さんです。しかしそのおかげで私はすっかり(踊る楽しさ)を覚えさらに(毒舌を浴びさせられる楽しさ)まで覚えたのです。その後『麻実れいリサイタル』でもご一緒し、名ダンサー吉元和彦さんとも踊らされました。川西さんはちゃんと訓練を受けていない人間さえ、あたかも踊っているように見せかけてしまう妖術師です。

稲垣美穂子 女優(劇団目覚し時計 主宰)【2012/10/22】

絢爛豪華なミュージカル『ファーブル昆虫記』シックな『やなせたかしのメルヘンの世界“コスモス一騎”』DVDとドッキングした『不思議の国のアリスのマッチ売り』グリーク作曲『ペールギュント』はオーケストラとのコラボレーション。川西先生はどんな作品も美しく、楽しく輝かせる魔法使いです。

今井伸昭(オペラ演出家・東京音大講師)【2012/10/22】

くされ縁の先生に寄せて
初めてお会いしたのは、かれこれ二十数年前、二期会で『マイフェアレディ』をやった時。私は演出助手で参加しました。オペラ歌手が歌以外に踊ってセリフを話さなければならないので大変。立ち稽古が終わって、さて振付の段階で、皆さんオペラ体型、踊れそうなのは一人もいなく不安で一杯でした。振付が始まると案の定『覚えられない』『難しい』『こんなに動くとブレスできない』等々。
こりゃ爆発だなと思ったその時、ムカツキを押さえた先生がイヤに静かに『私に出来る事が皆さんに出来ないはずが無い』といって大声で歌い力強く踊るのを見てその後は何の揉め事もなく、公演は大成功でした。それから演出家として一本立ちして今日までずっと振付をお願いして来ました。動けない歌手達を見事に調教して素晴らしい舞台にして下さる先生に感謝感謝です。またご一緒出来る日を。

大畠浩恵(ダンサー・振付家)【2012/10/22】

川西先生に初めてお会いしたのは、もう15年前でしょうか?めちゃくちゃ怖い、振付界の重鎮!とは聞いていたので恐怖心でいっぱいでした。まさかこんなに長いお付き合いになるとは・・・。昔も今も変わらないのは、その若さと芸術に対する情熱。素晴らしいクリエーターなり!

小栗哲家 ㈱アートクリエイション代表取締役 オペラプロデューサー【2012/10/22】

川西氏とは30年以上も前、オペレッタ『こうもり』で、私が舞台監督、川西市が振付師としてお会いし、その時のセンスの良い振り付けに驚いたことを覚えております。その後オペラ、オペレッタ以外にもコンサートのダンスなどで何十年もご一緒しましたが、今も全く変わらず、若く、エネルギッシュでセンスの良い振り付けをなさっております。

川中美幸(歌手)【2012/10/22】

私が、初めて先生にお世話になったのは、1984年の民音公演。当時多忙を極めていた時期でしたが、演出の廣田康男先生から、川西先生を紹介して頂き、なんと洋舞の先生なのに紋付袴、白扇一本で「黒田節」を振り付けて頂きました。派手な中に格調高くどこへ行っても好評で、それからは踊りのエッセンスを少々加えてショウアップした自分自身も以前に増して、舞台を楽しめるようになりました。その後、今はなき新宿コマ劇場、梅田コマ劇場、新歌舞伎座、そして記念リサイタル等多くの公演で振付して頂きました。先生のお陰で、演歌のショーには絶対でてくれないようなダンサーも出て下さり、歌謡ショーの演じる側の楽しさを教えて下さったのは、川西先生だと言っても過言ではありません。またいつかご一緒出来る時を楽しみに。

菊池敏一(ダンシングプロ代表)【2012/10/22】

職人芸の振り付け師川西清彦
尊敬する大先輩とは、いずみたく先生のプロダクションにマネージャーで入社以来のお付き合いで43年、職人芸の振り付け師、と云われるところ以外は本当に作品を愛し、人の使い方の上手さ、その人の個性を生かす事の素晴らしさ、どれだけのダンサーが経験された事でしょう。又先生には裏切りという言葉は無く、誠意を持って生徒育成に当たり、川西先生のパワーの素晴らしさに感動と感謝の気持ちで一杯です。

木島恭(演出家)【2012/10/22】

新しくHPを創るのに楽しげにPCに向かっているとお聞きしました(噂)新しきものへの好奇心未だ衰えずですね。いつもご一緒して思う事ですが、好奇心が常に歴史と伝統の延長線にあるという事です。新奇なものを追いかけるのではなく、いつも長い流れの先に新しい物を見出そうとする力、流行を追うのではなく、今必要な物を見出す力、そんな好奇心が大好きです。オーソドックスなれど斬新。またご一緒に創れる日を楽しみにしています。旺盛なる好奇心に乾杯!!

黒田晋也(歌手・二期会会員・オペレッタ座代表)【2012/10/22】

二期会の『マイフェアレディ』で初めてお会いしたその後、本公演『チャルダッシュの女王』京王オペレッタシリーズ、オペレッタ座と約30年のお付き合いです。私が先生の大好きな所はあの歯に衣着せぬ駄目だし、的確以外の何物でもなく、お言葉No1は『拍手とお金をいただくために稽古している』です。我々クラシックに関わる人間にとって忘れがちな『お客様からお金をいただいているのだから』という言葉は今でも私の活動の柱となっています。益々私たちを叱咤し、たくさんの刺激を与えて下さいますようお願いします。

腰越満美(歌手二期会会員 尚美学園大学 客員准教授)【2012/10/22】

初めてお目にかかったのは、もう15年くらい前になるでしょうか?年齢不詳!?の川西先生がオペレッタの振付としていらして下さり、踊りにはあまり心得のない私達オベラ歌手を叱咤激励しつつ、最後はなんだかちょっと踊れる人?みたいにかっこよく仕上げて下さる魔術に、そして舞踊に限らず、オペラ、その他の芸術に広く見識をお持ちの上、その温かいお人柄にすっかり川西先生ファンになり、先生とのお仕事をいつも心待ちにしております。

佐藤しのぶ(歌手)【2012/10/22】

大好きな川西先生、私ほど先生を手こずらせた生徒は他に決していないでしょう!!
本当に出来の悪い私をとても辛抱強く、いつも愛情を持って教えてくださいました。
今でも涙がでます…恒例のクリスマスコンサートでのステップ、オペレッタ『メリー・ウィドウ』でのワルツやラインダンス、思い出しただけでも赤面しています。でも私はダンスが大好きなんです。いつまでも若々しくてエネルギッシュな先生!!先生にとって頭痛の種の生徒の私ですが、是非またご一緒出来ます日を楽しみにしています。EVVIVA!!

佐藤憲昭(プロデューサー・三協プロモーション代表)【2012/10/22】

かつて東京随一、今や伝説の最高級ナイトクラブ『ニューラテンクオーター』(ちなみに坐るだけで5万~10万円)外人ショウがメインの中、日本人がとって変われないか模索中、“ソウルトレイン”なる黒人ダンスグループにインスパイアされ日劇の新倉まり子+6人編成の『VIVASOULVIVA』を企画。振付は初対面の川西さんに賭けてみた。初日お客さんはもちろん、関係者全員が『日本人がこんな凄い事が出きるんじゃないか!』と言われ、アンコール上演が何度もされた。川西さんの動き・音楽・照明が融合して切り開いた100年先の振付の成果大であった。ブラヴォー!日本のフォッシー!

佐渡裕(音楽家・指揮者・兵庫県立芸術文化センター芸術監督)【2012/10/22】

(音楽の友2011年9月号所載。兵庫県立芸術文化センター上演佐渡裕プロデュース喜歌劇《こうもり》についての広渡氏との対談より抜粋)
川西清彦さんっていう作品の本質を見抜いたステップを創る振付の天才がいて、サイモン・ホルズワースは『魔笛』の美術をやったアントニー・マクドナルドのお弟子さんで、まだ33歳ですけれど『嗚呼これが見たかった』という舞台装置をつくってくれて、そうゆう人を集めてくるのが、広渡さんの力ですね。

島田歌穂(ミュージカル女優)【2012/10/22】

父が先生に歌を教えていたらしく、といっても赤ちゃんだった私にその記憶はありません。やがて通い始めた西野バレエ団で先生のジャズクラスを受けたのが10歳位、関西弁で叱咤毒舌の嵐。厳しいレッスンでしたが、毎年皆勤賞をもらう位頑張りました。中学でバレエ団をやめ、売れないアイドル時代を経て、ミュージカルをやるようになり、約10年ぶりに川西先生のスタジオで「昔取った杵柄じゃなく、昔取った石臼ね」変わらぬ毒舌が懐かしくて嬉しくて、2年程前だったか、舞台を観て下さった先生が「歌穂、いい年を重ねてきたね」と一言。最高の褒め言葉を頂いたような、忘れられない瞬間でした。先生、これからも末永く叱咤と毒舌で厳しく見守って下さい。

土屋由美 ㈱オールスタッフ代表取締役【2012/10/22】

1997年㈱オールスタッフの劇団イッツァフォーリーズの公演『SONG&TAP』の振付を依頼し好評を博し、劇団員の絶大なる信頼を得てその直後より当劇団の専任講師になる。毎週ダンスレッスンを担当して今日に至る。この間当社の制作するミュージカル作品では2004年『天切り松』(演出鵜山仁)2011年『SWINGTIME』(演出長坂九朗)2011年『青空の休暇』(演出 鵜山仁)の振付を担当。その抜群の指導力は今や当劇団になくてはならない存在です。

野澤聡 俳優・パフォーミング・アート・センター代表【2012/10/22】

川西先生は劇団薔薇座時代からPACまで、父、故野澤那智に多大な元気を下さった大恩人です。目覚時計の『ファーブル昆虫記』の稽古中、出演者が皆さん目をキラキラさせていたのを覚えています。ミュージカルへの過渡期に先生にお世話になりました。数々のの修羅場を乗り越えられたのも先生の厳しくも愛情あふれる明るい指導のお陰です。ますますお元気でご活躍を、そして親子2代続けてよろしくお願い致します。

広渡勲 昭和音楽大学客員教授 演出家 プロデューサー【2012/10/22】

川西先生とお仕事をさせて頂いたのは、1972年ですから、かれこれ40年間、約半世紀が過ぎようとしています。九州別府のエコール時代、長年にわたる麻実れいさんや、佐藤しのぶさんのオペラティックコンサート、その集大成としての兵庫県立芸術文化センターにおける、指揮者の佐渡裕氏のプロデュースのオペレータ『メリー・ウィドウ』『こうもり』等、演出家と振付家と言う立場で、私達はまさに一心同体、舞台芸術における美学を共有してきました。幅広い舞踊の知識と教養、クラシック・バレエの人と、ジャズダンスのセンスを兼ね備えた振付家河西先生は、オーセンティックで今日的な舞台芸術の創造を目指す私にはかけがえのない貴重な存在です。ますますのご活躍を!

溝下司朗 元東京バレエ団芸術監督 現熊川哲也バレエスクール校長 【2012/10/22】

川西先生!!長い長いお付き合いになりましたね。私が東京バレエ団の芸術監督に就任した時と記憶しています。あれから30年!!先生のスタジオをお借りしてオープンクラスを始めました。本当に有り難うございます。7年前、36年間お世話になった東京バレエ団を退団して今は中目黒のオープンクラスと熊川哲也Kバレエスクールの校長として頑張っています。川西先生とは今、オープンクラスの後の10分15分のおしゃべりを楽しみにしています。古きよきバレエの話や、お互いの美意識を確かめあったり、又今のバレエの在り方の意見交換をしたりと楽しい時間を過ごさせて頂いています。これからもよろしく。そしてお互いに体を気をつけて。日々頑張りましょう。川西先生ありがとう。